会員校卒業生の体験「菓子づくりを仕事に選んでよかった!」

「働くよろこび」

本田 順子

自分が作ったお菓子を食べて「美味しい」と、顔をほころばせる人がいる。それは、働いていく中でこの上ない喜びを感じる瞬間である。そんな、相手に笑顔を運べる仕事に小さい頃から憧れ、菓子職人としての道を歩んでいる。

しかし、実際にお菓子作りを職業として働いてみると、お菓子の力はそれだけではないということに気づかされた。お菓子は、美味しくて嬉しいという感情以上の喜びを人に残すことができるのである。そして、その喜びは自分にも返ってくるのだ。菓子職人として働いている中で、特に二回、そのことを強く実感した出来事がある。

一つ目の出来事は、和菓子職人として働き始めた頃だ。友人が祖母の米寿のお祝いに何か贈りたいと、弊社の蓬が嶋というお菓子を注文してくれた時のことである。友人のお祝い事に喜びを運べるお手伝いができるかと思うと、大袈裟かもしれないが、とても嬉しいことだった。その当時、まだまだ自分でお菓子が仕込める技術は持っていなかったので、注文商品である蓬が嶋の製造に直接携わるということはできなかったのだが、美味しいお菓子を相手に届けることができる喜びを心から感じていた。祝いの席で、皆に美味しいと喜んでもらえているだろうかという事ばかり心配していた。しかし、後日友人からその日の話を聞くと、意外な答えが返ってきたのだ。

今回使われた蓬が嶋というお菓子は、大きなお饅頭の中に小饅頭が入っている薯蕷饅頭である。見た目は白皮のお饅頭なのだが、真半分に包丁を入れると中に五色の小饅頭が現れ、その姿が蓬莱山に似ているため、おめでたいとされている。そんなおめでたいお菓子は、お祝いの席の最後に登場したそうだ。久しぶりに集まった親戚一同の注目を集める中、綺麗に切られた蓬が嶋はとても心に残った。お祝いの席で皆の心に残る素敵な締めになった、ありがとうと言われた。

その時、お菓子の魅力に改めて気づいたのだ。ただ単純に美味しくて良かった、ということだけではなく、それ以上の喜びと感動を与えることができるのだ。つまり、美味しさ、美しさというひと時の喜び、さらにはその時間の気持ちをずっと心の中に残しておけるのである。その時のお菓子が入っていた木の箱を、友人の祖母は今でも大切にしまっているそうだ。

お菓子は、人から人へ、美味しさだけではなく気持ちも贈ってくれるのである。お菓子を作り、美味しいと喜んでもらえる喜び。そして、人々の心に残るものを作れる喜び。そんな、一人一人、一つ一つの物語の幸せに少しでも役に立てる時、お菓子作りを職業として働くよろこびを深く感じ、誇りにも思うのである。

二つ目の出来事は、会社が主催した親子和菓子教室に、講師の助手として参加した時のことだ。

ここでも、美味しさ以上のものを伝えることができるお菓子の魅力を知ったのだ。子供でもきちんと作れて分かりやすく、興味を持ってもらえるように挿絵つきのレシピを作成するなど、自分なりにも工夫をした。しかし、そこでニコニコ笑顔でお菓子を作っている子供たちを見て、美味しいお菓子を作ることだけが楽しい、ということではないことを思い出したのである。美味しい物を作って食べる、というだけではなく、誰かと一緒に作って食べることにも楽しさがあるのだ。そして、自分が働いて得たお菓子作りの知識や楽しさを伝えることで、お菓子と気持ちの架け橋なれることが、とても嬉しかった。

菓子職人は、力仕事であったり、技術面を磨くために練習を重ねなくてはならなかったりと、地味な作業の積み重ねであるため、正直に言って体力的にも精神的にも辛い部分は多い。しかし、努力した分以上に相手に喜びを贈る事ができる職業でもあるだろう。そして、その喜んでもらった分だけ自分にも喜びが返ってくるという珍しい職業ではないだろうか。

自分の作ったお菓子で、誰かの喜びが繋がり、心に残る。これが、私が菓子職人として働き始め、新しく見つけた働くよろこびである。

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